お知らせ

日独バイリンガル絵本第三作目発刊のお知らせと序文


このたび、ドイツトリアー独日協会発行のバイリンガル絵本第三冊目が発行となりました。これで全三巻が完結しました。以下、絵本の冒頭に掲載いただいた序文です。三冊の絵本に込めた想いをしたためました。是非ご一読ください。

















序文





このたび、トリアー独日協会発行の日独バイリンガル絵本が、いよいよ3冊目の出版となりますこと大変嬉しく思います。1冊目、2冊目同様、公益財団法人日本武道館発行の月刊『武道』表紙絵「伝えたい日本のこころ」(2008〜)から、私が描いた45話の日本の古典、歴史逸話を選び、国際交流のためにトリアー独日協会に贈呈させていただきました。1冊目から数えると、合計136話の日本の逸話を、岩絵具で描いた挿絵とともに日本語ドイツ語の両方で鑑賞していただけることになります。





日独の友好を願い、長年、深い思いで弛まぬ活動を続けていらっしゃるトリアー独日協会ヨハン・アウバート会長と協会メンバーの方々の稀なる情熱に感嘆し、また豪華なオールカラー絵本を制作して下さる出版社ユーディシム、優秀なる翻訳者、ブックデザイナーのみなさまのご尽力に感謝してやみません。





かつて、ベートーヴェンが音の世界をなくし自死を考えたとき、それを思い止めさせた書は、プルタルコス(前46頃~120頃)の『英雄伝』でした。東洋においては、徳川光圀(1628〜1701)が司馬遷(前145~前86頃)の『史記』にある伯夷の伝記を読むことによって非行を改め、誰もが知る名君となったと伝えられています。





昔も今も、歴史や偉人の人生の物語は、時も国境も超えて私たちに生きる勇気、指針を与えてくれるものです。





しかし、そうした偉人の物語や歴史に学んでいても、世の中から争いごとの絶える日はありません。世界中の人々が嘆き、心痛にさいなまれる現在、私たちがよりよい未来のために必要としている物語とはどのようなものでしょうか。その答えをさがすべく、私は問いかけるような気持ちで、絵と文で発信する活動を続けています。





私がこの絵本でお届けしたいのは、日本のこころ、中でも大和心(やさしい心)や惻隠の情(あわれみの心)を伝える物語です。古くから語り伝えられてきた物語のもつ不思議なパワーを、多くの方々と共有し、よりよく理解しあうための共通言語にできたら有益なのでなないかと思うのですが、みなさんはいかが思われますでしょうか。





良寛さまと筍 - Ryokan sama




たとえば、この絵をご覧下さい。こちらは最初の絵本、「アマテラスからオリンピアまで」に収録されている物語「良寛さまと筍」です。私たちの子供時代には、誰でも知っている有名な物語でしたが、教育習慣が変わったために、今では誰も知らなくなっているお話のひとつです。





ところが今秋、この絵がある場所で大変人気を集めました。それは、小学校や中学校の教師を目指している大学生のみなさんに、大学図書館の原画展示会場で直に作品をご覧いただき、画家の思いを聞いていただくトークイベントでのことでした。故郷三重県の伊勢神宮の地にある皇學館大学教育学部の学生さんたちとの交流の場です。この絵のほかに、皇室の古代の社会福祉の伝統を伝える「光明皇后 千人のからだを洗う」(最初の絵本に収録)や米国のヘレン・ケラーのお手本になった「盲目の国学者 塙保己一」(この絵本に収録)など、数十点の作品を展示していただきました。





イベント後、学生さんたちから熱心な感想文を頂戴したのですが、その中で彼らが教師として子供たちに伝えていきたいと一番に選んだ物語は、この「良寛さまと筍」だったのです。学生さんたちはこの物語にはそのとき初めて触れたとのことで、この絵を見てどんな話だろうかと最初からとても興味をもってくれました。そこで、絵の前で私はこう解説したのでした。





「床下に生えてきた筍を切るのではなく、床の方を切り抜いた良寛さまの行いは、一見、奇天烈に見えますね。しかし、実はこのお話は、大切なメッセージを秘めていると私は思います。これは、立場の弱い他者を思いやり、自分の快適さよりも、その他者の存在を尊ぶこころを伝える物語であり、子供たちの惻隠の情のイメージの誕生を手助けする、重要な役割をになっている物語なのではないか。立場の弱いものをそっと思いやるこころ、これこそが日本のこころ、そうした思いを、筍を見守る良寛さまの眼差し込めて描きました。」





そうお伝えすると、学生さんたちの瞳は輝いて、真剣に絵に眺め入り、それぞれのイマジネーションを血肉に刻んでいるように見えました。偉人の物語から得る感動や直感が、感受性豊かな若者たちの心を満たしていく瞬間を、私は目の当たりに見せていただいたのです。





今回発行されるこの3冊目の絵本でいうと、醍醐天皇が寒さに震える庶民の寒さの苦しみを思って、寒い夜、自分も衣を脱いで過ごしたお話や、柔道の父・嘉納治五郎師範がロシア人将校を船上で投げるとき、受け身を知らない相手に怪我をさせないように、頭を支えて投げたお話、また、頼山陽が老齢の母親と桜の名所に花見にいったときの、親を思うやさしい感慨のお話などにも、他者や命を尊ぶ日本のこころ、慈愛のこころが宿っていると思います。筍でも桜でもひとでも、自分以外の他者を慕う素直で優しい心のことを、私たちは大和心と呼んでいます。





また、この絵本の表紙絵に選ばれた物語は、安倍貞任のお母さんは、貞任の父親に命を救われ、恩返しに来た狐の化身だった、という福島県の民話です。このお話には、動物にも共通する母子の思慕の情だけでなく、愛と別れの間にある、形容し難い、人生への溢れる想い、深い愛の力が込められていると感じます。ぜひ皆さんと共有したいと思った作品が表紙絵に選ばれて嬉しく思います。





故郷の国学者・本居宣長先生の言葉には、「生まれながらのまごころなるぞ、道にありける」とあります。まごころ(素直な心)というものは、誰もが生まれながらに備えているものです。まごころというものは本来は昔からどこの国のひとにもあり、日本でも大切に大切に伝えられてきました。私が絵を描くときににこころがけているのは、人間のまごころを伝えることです。





しかし、悲しいことに近年では日本でもどこでも、素直でやさしい心や惻隠の情がだんだんにうすれていっているのかもしれないと思うことが多くなりました。そのような中、教師を目指す若者たちが、慈愛のこころについて丁寧な感想を述べ、「中村さんの絵を見せて子供たちに伝えていきたい」といってくれたことには、大いに希望を感じました。道徳のゼミを専攻している彼らの指導者である皇學館大学の渡邊毅教授は、「日本人の叡智と美徳の物語をお子さんたちに伝えることが、ひとつの平和教育になる」とおっしゃっておられます。そのご指導の賜物でしょう。彼らは、心ある人々が大切に伝えてきた偉人の物語に触れることが、人生の勉強になり、生きる力になることをしっかり理解していたのです。





1964年の東京オリンピックのときに創建され、今年60周年を迎える日本武道館では、武道を通しての健全な人間形成、世界の平和と福祉に貢献することを提唱しています。武道館でも、多くの人々のために尽くした先人の物語にふれて、心豊かに生きるための考えを築く、それが健やかに幸せに生きるための情操教育となると、長年ご指導いただいてきました。その上で、彼らは私の絵と解説文を武道関係の教育者の方々がお読みになる月刊誌『武道』の表紙絵にして下さっているわけです。「温故知新」は、日本が世界に誇る武道のならいであると、編集部ではいつも激励してくれます。





また、ご存じのように世界中、それぞれの国、民族が、叡智と美徳の物語を大切に伝えてきました。そして異文化間の物語に共通点が多いことも、私たちの多くは知っています。





一例として、「1冊目の絵本で表紙絵になった『八岐大蛇』は、グリム童話に似た物語があるということでカバーに選ばれたのでしょうと」、日本を代表するドイツ文学者・橋本孝宇都宮大学名誉教授が教えて下さいました。そして、独日協会の方々とそうしたことを話し合う時、私たちは自然と笑顔になり、互いの文化を理解しあえたような、柔らかな気持ちに包まれます。それは、人間の心の深奥にある共通のルーツへの思慕のようなもの(=大和心といってよいでしょう)を、お互いの眼差しの中に見るような面持ちになるからにちがいありません。トリアーのみなさんはいつも、とても澄んだ眼差しで微笑んで下さいます。





「自分を信じてみるだけでいい、生きる道が見えて来る」という文豪ゲーテの格言のように、私は自分の直感に従い、それに共感し支えてくださる方々のおかげで、これまで絵筆とともに歩んでくることができました。その直感とは、「ひとりひとりの違いの中にも、必ず心の中に共通するのは、人生への希望や愛惜の念、である。その上で自分自身がよりよく生き、家族や子孫、地域のためによりよい未来を築きたいという願望を多くの人が温めている」というものです。古今東西変わらぬこうした願いが、家庭での読書や教育をとおして育まれていくことを願って、その一助となるよう、3冊のバイリンガル絵本をお届けしたいと思います。これは、3冊の絵本制作のために黙々と努力して下さったトリアー独日協会=ドリームチームトリアーのみなさん、日本の伝統を愛する出版社の方々も、大きくうなづいてくださる部分でしょう。寡黙で忍耐強く優しく、勤勉な彼らのご姿勢から、多くのことを学ばせていただきました。





たとえば、誰もが参加できるこうした機会をつくるのはいかがでしょうか。私たちのそれぞれが大切に思う、心の琴線に触れる物語、良きイマジネーションを与える物語を、国を越えて共有し、語りあう時間をもつ。物語をとおして、誰もが心の中にもつまごころを共有するような幸せな時間をつくる、そうした活動の輪をすこしずつ広げていく。そのようなことをトリアー独日協会の方々と一緒に企画していく予定です。





トリアー市とのご縁を繋いでくださった姉妹都市・新潟県長岡市は、1冊目の絵本に収録されている「米百俵」や「白菊」の花火で有名です。歴史に学び、国際交流と国際人教育に力を注ぐ長岡市の人々の合言葉こそ、「未来のために」です。アウバート会長は、その長岡市の国際親善名誉市民として2018年からこのプロジェクトをリードしてくださっているのです。





誰もが心豊かに、幸せを追求できる未来のために、今こそ伝えたい日本のこころ、大和心を、私も絵筆とともに学び、コツコツ発信し続けてまいります。





最後に、ドイツでの絵本出版をご許可下さり、活動を応援して下さる日本武道館と、私たちの思いに深く共感し、多大に援助して下さるJTインターナショナルジャーマニーに深く御礼申し上げます。感謝を胸に、よりよい活動に繋げていけるよう、仲間たちと心をひとつにして、志を新たにする日々です。





    令和6年 2024年5月 中村麻美


一話一絵「伝えたい日本のこころ」&まみのえ日記

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