「伝えたい日本のこころ」

橘曙覧『独楽吟』






橘曙覧『独楽吟』





「伝えたい日本のこころ」第四話は、橘曙覧(たちばなのあけみ)です。
たのしみは、で始まる、あけみの歌、ご存じの方も多いと思いますが、
是非、あらためてご一読下さい。

たのしみは
 朝起きいでて昨日まで
  無かりし花の咲けるみるとき

歌人・橘曙覧(1812〜1868)は、越前福井藩城下の商家の長男として生まれました。しかし曙覧は、商いよりも学問、詩作を重んじたため、28歳のとき、家督を弟にゆずると、隠遁生活に入ります。
その後も頼山陽の弟子児玉三郎、本居宣長の弟子田中大秀(おおひで)に学び、また独学で歌人としての研鑽を積みました。
『独楽吟』は、曙覧が53歳のときの作品です。貧しいながらも日常生活の何気ない出来事に喜び、楽しみを見いだし、穏やかな感動を詠み上げています。

たのしみは 艸(くさ)のいほりの 莚(むしろ)敷き ひとりこころを 静めをるとき
たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 頭ならべて 物をくふとき

福井藩主松平春嶽(1828〜1890)は曙覧の才能を高く評価し、扶持米十俵を授けました。
また、万葉集の秀歌を選ぶよう命じたり、その住まい藁屋(わらのや)に、出仕を求めて訪問するなど、異例の交流を温めました。
橘曙覧は明治の世を見ることなく、この世を去りましたが、その作品は正岡子規をはじめ後世の歌人に絶賛され、多大な影響をあたえました。
また現代でも米国大統領のスピーチに、「日本のこころといえば」と引用されるなど、国際的にも注目され、日本を代表する歌人、国学者としてその名を世に知らしめています。


新聞小説連載中、福井をおたずねするタイミングにあわせて、梅を描きましたが、一般には朝顔でのイメージがあると、橘曙覧記念文学館の学芸員の方が教えて下さいました。朝顔もこのシーンに良いですよね。
一昨年あたり、仕事が重なり過ぎていた頃、ピラティスのインストラクターの方に、「まみさん、ときにはゆっくり休んで下さいね。まみさんが心配です。まみさんの楽しいって何ですか」と真顔で聞かれたとき、この冒頭の歌をご紹介しました。そのときの彼女の反応は興味深いものでした。
ささやかかもしれませんが、どのようなときも毎日見かける身近な花に心を寄せる、こうした小さなことが大切な和のこころ、なのかもしれませんね。故郷三重県松阪市の宣長先生の有名なお歌も思い出されます。
この機会に「独楽吟」も是非、お読みになってください。変わりいくこれからの世に求められる歌、あるいはあるあるな名歌、たくさん見つかります。

福井市橘曙覧記念文学館ウェブサイトより「独楽吟」
http://www.fukui-rekimachi.jp/tachibana/dokurakugin.html




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