「伝えたい日本のこころ」

長岡花火「白菊」






長岡花火「白菊」





「伝えたい日本のこころ」第十一話です。
6月1日、日本全国で一斉に花火があげられ、話題になりましたね。
「悪疫退散を祈願し、花火を見上げて全国の人に笑顔になってもらう」ためのプロジェクトとのこと、皆、励まされたことでした。
夏の花火大会も軒並み中止となるなか、それでもなんとか実現できないだろうかと一生懸命模索なさっている花火師さんのニュースなども拝見します。
いつの時代も、花火には私たち皆の祈り、願いが投影されてきた。
花火師さんたちは、それを担っていらっしゃるーー
今日は長岡花火「白菊」で有名な世界的花火師・嘉瀬誠次(かせせいじ)さんのお話です。


1945年(昭和二十年)八月一日の夜、米軍の空襲で新潟県長岡市は焼け野原と化し、1486人の尊い命が失われました。以来、長岡市では毎年、空襲のあった一日の午後十時三十分と二日、三日の大花火大会の冒頭に、「白菊」という白一色の花火を打ち上げます。この花火には、空襲で亡くなったひとへの慰霊、復興に尽くした人々への感謝、そして平和への願いが込められています。

長岡花火を代表する世界的花火師嘉瀬誠次さんは、1990年夏、ロシアのハバロフスクを流れるアムール川で3000発の花火を打ち上げました。嘉瀬さんは、戦後3年間のシベリア抑留時代に亡くなった、かつての戦友たちを弔うために、花火を打ち上げに来たのでした。そのとき、万感の想いを込めて準備していったのが、白菊の花火でした。アムール川の夜空を彩った花火大会は、30万人を超える人々を感動させて、大成功のうちに終わりました。
翌日、嘉瀬さんはハバロフスク郊外にある日本人墓地を尋ねました。そして、かつては敵同士として戦ったソ連の兵士が眠るお墓にもお参りしました。「両方お参りできて、胸のつかえがおりたような気がします」

戦後70年の平成二十七年八月十五日には、ホノルルの真珠湾で白菊が打ち上げられました。白菊を始め、世界一とも称される長岡花火は、世界中の人々に平和への祈りのメッセージを伝え続けています。


山下清画伯が描いた有名な長岡花火の絵、ご記憶にある方もいらっしゃるでしょう。
また、実際に花火をご覧になった方もいらっしゃることでしょう。毎年200万人が眺めるそうです。
鎮魂と祈りの長岡花火に、人々は涙を流します。平原綾香さんのジュピターとともに上がる中越地震復興祈願の花火フェニックスにも、ただただ滝のように泣きます。そして希望に満ちた未来、世界の平和を祈ります。
この絵は、戦後70年の節目、2015年の月刊『武道』8月号に描いた作品です。柔道か何かしていそうなお父さん、優しいお母さん、お兄ちゃんと妹一家が、白菊を眺めている場面です。
家族で仰ぎみる夜空、過去・現在・未来を結ぶ花火ーー世界の平和、疫病退散、そして、今日は空に旅立つ友の御霊の平安を祈り、嘉瀬さんの白菊をお借りして献花の投稿といたします。
地域の芸術振興に貢献し、音楽をとおした温かな交流に尽力したすばらしい同級生、かけがえのない方でした。
愛惜と感謝のこころを学びます。

新潟日報新聞連載の「天地人」(火坂雅志作 2009年NHK大河ドラマ原作)と「河井継之助 龍が哭く」(秋山香乃作 野村胡堂文学賞受賞)と、2度の新聞挿画のご縁をいただきました長岡市、
秋山先生の「龍が哭く」でお描きしたように戊辰戦争の戦禍からも立ち上がった歴史をもつ長岡市の皆さんに、「未来のために」の長岡精神を繰り返し、教えていただきました。
嘉瀬さん、長岡市のみなさんが大切に継承していらっしゃる「白菊」は、艱難辛苦を乗り越えて立ち上がった人々の、複雑な思いを昇華するもの、いつも手を合わせて見上げます。
そしてまたいつか、
皆さんと一緒に長岡花火、拝見できる日を、
楽しみにいたします。


一話一絵「伝えたい日本のこころ」&まみのえ日記

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